― 雨の聖域 ―

ポセイドンがジュリアン・ソロの肉体を得て復活し、世界中に雨を降らせ始めたその時、
聖域のある場所にひとりの聖闘士がたたずんでいた。

「雨……?」
肩に雨が当たるのを感じて男は空を見上げた。
さっきまで快晴だった空がいつのまにか灰色の雨雲に覆われている。
「天気予報はずっと晴れだったというのに……嫌な感じだ」
男は不安そうな顔ではるか東方の日本がある方角に視線を向けた。
「まぁ心配する事もないか」
男はそうつぶやくと目の前に倒れている柱に意識を集中し始めた。


同じころ、日本の東京のある場所で開催されているボディビルの大会会場。
「見事優勝を勝ち取ったのはハルク選手です!」
大きな歓声と拍手の中ステージの中央にひとりの男が歩み出た。
ハルクは自信に満ちた笑みを浮かべて自らの筋肉を再び観客に見せつけた。
「いやぁすばらしいですね」
そう言いながら司会者の男が愛想笑いを浮かべてハルクに近づいてくる。
司会者はハルクの横に立つとマイクを向けてコメントを求めた。
「ポンプ座アントリアの名は伊達じゃないのだよ」
ハルクは司会者からマイクを奪い取って囁くように言った。
「はぁ、ポンプ……ですか?」
「そうだ! シュウにもこの優勝を知らせてやろう。はっはっはっはっ!!」
得意げな顔でそう言うとハルクは司会者にマイクを押し返して、高らかな笑い声を残してステージから颯爽と姿を消した。


雨が本降りになった聖域の某所にいた男は同じ場所から一歩も動いていなかった。
「まずいな……本格的に降ってきた」
男は途方にくれた顔で足元を見た。すでに雨水が溜まって踝の辺りまで達している。
「今週はずっと晴れだという予報があったから修行を始めたというのに……」
男は愚痴をこぼしながら再び目の前の柱に意識を集中し始めた。
柱は数センチだけ浮かび上がりしばらくして崩れるようにして地面に落ちた。
「くっ……もう力が弱まってきている……。これはまずいな。誰かいないかぁー!!」
男は付近一帯に響き渡るような声を出した。しかし誰もいないのか返事は返ってこない。
「くそっ。こんなことになるとは……」


3日後。男は依然として同じ場所にいた。周りの水はすでにあごまで達している。
「あぁー!! あぁー!!」
男はそのたまった水を必死の形相ですくいあげていた。
「もうだめか……」
それまで懸命に続けてきたその作業を男はついにやめてしまった。
「アテナの聖闘士が雨で溺れ死ぬなんてな……」
男は水に浸った手を伸ばし、自分を取り囲んだ透明の壁に触れた。
「コップ座の聖闘士などになったばかりにこんな情けないことに……」
本来自分の身を守るためにあるはずの聖闘衣が、今は自分を追い詰めているという状況に男は自虐的に口元に笑みを浮かべた。
溺れ死ぬくらいなら潔く自ら命を絶つか、と思ったその時だった。

「シュウ!!」
男が自分の名を呼ぶ声のするほうに目をやると、ほとんど裸の男が立っていた。
「ハルク! 来てくれたのか!!」
男は狂喜して声を上げた。すでに水は口元のあたりまで達している。
「はっはっはっはっ! 見てくれ!! また優勝したんだぞ!!!」
ハルクは男に見えるように嬉しそうにトロフィーを掲げた。
「そんなことはどうでもいいんだ! 早く水を吸い上げて助けてくれ!!」
「どうでもいい? 何を言ってるんだ! 見ろこの筋肉美!!!」
ハルクはそう叫ぶとシュウに向かって様々なポーズをとり始めた。

美しき友情の図
「どうだシュウ! このポーズなんかこのあたりが強調されて美しいだろ」
「ブクブクブクブクブク・・・・・・ッ!?」
「はっはっはっはっはっはっはっ!!!」

――― 完 ―――

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